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母に生命を返す時:♪作品試聴室 /作品背景

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母に生命を返す時:♪作品試聴室 /作品背景
ブログ紹介
老いゆく母を見つめて・・【母に生命を返す時】

2003年3月から始めた母との介護同居模様を同居日記と詩に綴り、曲にしてCD化しています。

ここは試聴室です。マイホームの方にもお越し下さい。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~jaguars/



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♪:兄ちゃま(アンちゃま)   2009.6(ショートサイズバージョン)

2009/06/29 17:11
♪:兄ちゃま  



兄ちゃま、あれはどこ?     綺麗な水がいっぱいあってさ』
白い鳥が泳いでいたよね    貴方はパンくず投げたよね
八景水谷の公園の事?     水が湧き出る公園だよね 
水鳥が確かに居たよね      陽射しをいっぱい浴びてね
兄ちゃま、私をもう一度      あそこに連れて行ってよ
私を母が呼ぶ            私の事を兄ちゃま、と呼ぶ・・。
 
兄ちゃま・・、兄ちゃま
兄ちゃま・・、兄ちゃま  母が私を  そう呼ぶ・・


そして、今は夜中の午前2時   私は闇を睨みつけてる
これが俺の人生なのかと      この為だけに俺が居るのかと
そして、時折、俺は狂う       得体の知れない運命を憎む
だけど命は一つ           細る命を見捨てちゃいけない、と
やがて、命が動きだす       兄ちゃま、私を起こしてよ
母がベッドで声を出す        私をトイレに連れて行って、と・・

兄ちゃま・・、兄ちゃま
兄ちゃま・・、兄ちゃま  母が私を  そう呼ぶ・ 


命を看るって事が    これ程大きな事だと  
最初は思わなかったさ  俺が愛に飢えていただけ
それが間違っていた   俺は一気に大人になったよ  
母に生命を返す時    今になってそれが見えてきた

もしも、このまま俺が死んでも  きっと母は気づかない
兄ちゃま、どこに行ったの?   きっと、そう・・言うはず

兄ちゃま・・、兄ちゃま
兄ちゃま・・、兄ちゃま  母が私を  そう呼ぶ・

兄ちゃま・・、兄ちゃま
兄ちゃま・・、兄ちゃま  母が私を  そう呼ぶ・


☆:制作背景
2003年に我家に来た頃の母は要介護度が2。そして、2009年の今、母は96歳。要介護度も4となりました。
見返りなんて決して望まない・・。それが許されるのであればせめて母に生命を与えて欲しい。記憶が戻らなくともいい。穏やかに一緒に暮らせたらいい・・。命は暖かいもの。それが消え細るのを見るのは辛いものです。

母は明らかに老いのい速度を深めています。一緒に年を取れたらいいのに・・、そう思いますが、まだまだ母には心を探る力も残っています。私にはその力がありません。上っ面だけの人生しか私には見えない。その分、私は母には勝てそうもありません。でも、その母が私の事を、「兄ちゃま」、と呼ぶ日があるんです。

私が偉いんじゃない。母の兄だったイサム兄さんとその一族が素晴らしい人格を持った家族だったのだろうと思うのです。アンちゃま、アンちゃま・・・、私には悲しい響きがする言葉になってしまいました。
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☆母が泣いた日      2008.11 ショートバージョン

2008/11/20 19:55
♪:母が泣いた日



母は涙を いつも流さない  強い人だと そう思ってた
真夜中の事 俺は聞いたよ 母が泣いてた そう・・聞こえたよ
いつまでわたし 生きるかしらと  俺は壁を 足で蹴ったよ! 

長い月日に 疲れたのかい?
生き抜く事を 棄てちゃダメだよ
今があんたの 最後の試練さ

母は涙を いつも流さない  強い人だと そう思ってた


どこを見てるの 何を見てるの? タオル片手にぼんやりしてさ
立ってみるかい 手摺りはここ  座るだけだと身体弱るし・・
ここにおいでよ あれをごらんよ 夕陽が沈む あんたの町の

立田山にも ご無沙汰だよね   
くるまイスでさ 行ってみるかい  
生きる勇気を 貰いに行くのさ

どこを見てるの 何を見てるの? タオル片手に ぼんやりしてさ 

長い月日に 疲れたのかい? 
生き抜く事を 棄てちゃメだよ
今があんたの 最後の試練さ 

母は涙をいつも流さない  強い人だと そう思ってた


☆制作背景

母がいつも手に持っていたいもの それはタオル。
何故なんでしょう? 私には分かりません
佐世保に残したままの僅かな家も土地も、お金も今の母には全く無縁・・。
あれ程に拘った人なのに・・。

母が好きなモノ。それは母の言葉に調子を合わせる様な相づち。嫌いなものは真実・・。

母の父ちゃまも母ちゃまも、兄ちゃまも姉しゃまも母の中では生きています。
そして、母にとって一番の宝は大好きだったイサム兄しゃまとウリ二つの私の存在。

母は私の事を我が息子とは理解できていません。
私は母の記憶通りのイサムさんを演じるのが務めです。

私はピエロ・・。演じきれないピエロ・・。
昼間は母の前でイサム叔父を演じ、夜は布団の中で一人で叫んでいます。「母ちゃん、分かってくれよ!。俺はあんたの息子の尚宏だよ」、って・・・。
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☆ 命の重さ   2008.9 / ショートバージョン

2008/09/19 16:10
♪: 命の重さ




あんたに聞いてもいいかい  朝が空しくないかい  こんな時代に生きてさ  置いてけぼりを食ってさ
あんたにあれが見えるかい  汚れ煤けた雲がさ   こんな時代にしたのは   俺を含めたこいつら
すっかりうかれちまってさ  自分を忘れちまってさ あんたの築いた時代に   感謝なんてせずにさ
あんたにもう一度聞くよ   息苦しくはないかい  こんな忙しい時代に  あんたは付いて行けるかい

誰か答えてみろよ      命の重さの事を    
誰か答えてみろよ      命の重さの事を
こんな時代に生きてさ    語る勇気があるかい  
何度もあんたに聞くよ    戸惑う事はないかい  こんな時代に生きてさ   狂い始めた時代に    


俺に教えてくれよ     まともな川の流れを   もう一度教えてくれよ   まともな風の匂いを
俺に教えてくれよ     まともな空の色をさ   もう一度教えてくれよ   まともな海の色をさ
俺に教えてくれよ     まともな人の心を    もう一度教えてくれよ   まともに憎む相手を
俺に教えてくれよ     まともな人の涙を    もう一度教えてくれよ   まともな人の笑顔を

誰か答えてみろよ   命の重さの事を     
誰か答えてみろよ   自分の命の事を
こんな時代に生きてさ 語る勇気があるかい  
何度もあんたに聞くよ    戸惑う事はないかい  こんな時代に生きてさ   狂い始めた時代に   


あんたにもう一度聞くよ   朝が空しくないかい  こんな時代に生きてさ   置いてけぼりを食ってさ
あんたにあれが分るかい   力をなくした朝日が  すっかり老いぼれちまってさ 西の空へと逃げてく
すっかり狂っちまってさ   人が人を忘れてさ   自分の世界で勝手に  ナイフを持って暴れてさ
あんたにもう一度聞くよ   息苦しくはないかい  こんな狂った時代にゃ  俺でもついていけないよ

誰か答えてみろよ      命の重さの事を    
誰か答えてみろよ      命の重さの事を
こんな時代に生きてさ    語る勇気があるかい  
何度もあんたに聞くよ    戸惑う事はないかい  こんな時代に生きてさ   狂い始めた時代に 


誰か答えてみろよ   命の重さの事を     
誰か答えてみろよ   自分の命の事を
こんな時代に生きてさ 語る勇気があるかい  

何度もあんたに聞くよ    戸惑う事はないかい  こんな時代に生きてさ   狂い始めた時代に


制作背景:

最近の母は失語の症状が激しく出ています。モノの名前や言葉の単語を次々に忘れています。自分を自分の感情を表現できないのです。でも、そんな母でもお天気の話が大好きです。
「風が出てきたね」、「そうね」。
「ほらご覧、あの雲」、「ああ、あれは秋の癖に入道雲さ」。
「夏が終わって欲しくないんだろうね」、「うん、居眠りこいて自分の出番を忘れていたのさ」。
「ほほ、お前も面白い事を言う子だね」。
「そうね、あんたの子供だから性格が明るいのさ」。
皆さん、お年寄りは天気の話が大好きです。面倒がらずに付き合ってやってくださいネ。

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☆ 心の色 2008.9 ショートバージョン

2008/09/13 16:28
♪:心の色



貴女に尋ねていいかしら  今日の心の色は・何? 
もしかしてブルー? あの空のようにさ そして、ふる里の海の色かも

少しだけ覗いていいかしら  貴女の心の・中
きっと可愛い天使が  踊っているかも そして、私を手招きするかも

貴女は許してくれるかしら  私が貴女の心に住む・事  
壁の色を変えたり  白い雲を浮かべたり 真っ赤なバラを飾ったりさ

そして、私は言葉になる     貴女の言葉になる
そして、私は命になる      貴方の命になる
いつも貴女の空になる いつも貴女の海になる


貴女は分かってくれるかしら  私が貴女の子供だ・と
例えば私は貴女の  兄さんだったり 時に、叔父さんだったりするから・・  

私に返事は要らないよ  貴女はうなづくだけで・いい
言葉が出なくても  それはそれで構わない  私は、今日から貴女の心に住むから

そして貴女が悲しくなった時 私は言葉を教えてあげるよ
貴女の代りに  唄ってあげるよ  貴女に習った子守り唄をさ

だから、私は兄になる     貴女の兄になる
だから、私は涙になる     貴方の涙になる
いつも貴女の心に住む いつも貴女の心に住む

お前は覚えているだろうね  庭に咲いてたあの”百日紅(さるすべり)”
どこの事だか  私は分らない  多分、深江か歌が浦の事かも

私は少しずつ駄目になる   今ではお前が頼りだと
言った先から貴女は  昨日の出来事みたいに 次から次へと忘れていく

貴女には笑顔がよく似合う  それだけは昔からのもの
いつも三味線弾いたり  ハモニカ吹いたり  ・・それが今の私の支え   

だから、私は心になる     貴女の心になる
だから、私は涙になる     貴方の涙になる
いつも貴女の心に住む いつも貴女の心に住む

そして、私は言葉になる     貴女の言葉になる
そして、私は命になる      貴方の命になる
いつも貴女の空になる いつも貴女の海になる


制作背景:
母は2008年2月で95歳になりました。母の母、つまり、私の祖母は腎臓病の為に48歳で没している事を思えば凄い事です。生きていくに自身の拘りや夢、周囲の家族の理解があれば多少の痛みがあろうが頑張って生きてみようという気になるのだと思います。
母は辛い毎日ではあるのでしょうが、可愛い末っ子の私と暮らす楽しさ、嬉しさの方が身体の痛みを上回っているのだと思います。幸せに限りはありません。決して物質的な充実感でも贅沢感でもなく、幸せ追求する、幸せを全うする事こそが人間の本来の務めだとは思いませんか・・?。
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☆ 蜃気楼   2008.8 ショートバージョン  

2008/08/31 13:55
☆ 蜃気楼          



もっとこっちへおいでよ  お前の事が分からない 
そして声を聞かせてよ   だって、お前を感じたいから
もっとこっちへおいでよ  私に話し掛けてよ   
そして手を握ってよ     だって、お前がよく見えないよ

だって私は何故だか    言葉がうまく喋れない 
ほんのさっきの事がさ    そうさ、お前に伝えられない 
まるでモヤがかかってさ  何かユラユラ揺れてさ 
ずっとボンヤリしててさ   そうさ、言葉を見つけられない

まるで蜃気楼  それは真夏の午後の 土砂降りの雨上がり
まるで蜃気楼  それは天使の悪戯  母の記憶を試してる 
せめて蜃気楼  せめて母のふるさと あの空に浮かべてくれ
そして蜃気楼  君にできるかな   少しピントを合わせてくれ


私に心見せてよ      言葉は少しでいい
お前の心に触れたい    だって、お前を信じたいから 
今はどこを見てるの    私の肩に触れてよ
そして手を握ってよ     だって、お前がよく分らない

もっとゆっくり話してよ   言葉がうまく聴こえない 
お前ならできるはず    そうさ、お前が私の全て 
まるでモヤがかかってさ  何かユラユラ揺れてさ 
ずっとボンヤリしててさ   そうさ、言葉を見つけられない

まるで蜃気楼  それは真夏の午後の 土砂降りの雨上がり
まるで蜃気楼  それは天使の悪戯  母の記憶を試してる 
せめて蜃気楼  せめて母のふるさと  あの空に浮かべてくれ
そして蜃気楼   君にできるかな    少しピントを合わせてくれ
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☆ 母の童歌  2008.05

2008/05/29 15:32
 ☆ 母の童歌  




おじちゃん・あそこに連れてって 小さな祠のある所
貴方は・教えてくれたでしょ ここから昔に戻れる・と
だったら・私は帰りたい  自分が誰だか聞きにいく 

おじちゃん・訊ねていいかしら 私のふる里どこかしら
海の綺麗な・とこでした 緑の綺麗なとこでした
私の母ちゃま・いるかしら 今日も畑で草むしり
HU  HU・・・・

おじちゃん・教えてくれまっせ 深江は遠いとこですか
イサム兄しゃま居るかしら 私を待っているかしら
深江に私を連れてって もう一度一緒に暮らすから

父ちゃま・自慢の菊作り 母ちゃま隣で針仕事
飴玉・一つおくれませ せめて砂糖のひと摘み
くれたら私は庭先で一人で姉しゃま待ちまっしゅう

ああ・沖合に船が来る 私の姉しゃま連れて来る
  せめて艀で行けたなら 手荷物持ってあげるのに
HU  HU・・・・

母ちゃま・逝って禅宗の 笛に太鼓にかき消され
私の涙は・どこ行った 私の母ちゃまどこ行った
酒に溺れる・父ちゃまの 帰りが遅いと泣きました

母の代りと・姉しゃまは 毎日せっせとご飯炊き
歌が浦から・平戸まで やがて通った女学校
あれほど焦がれた・寄宿舎の壁に凭れて泣きました

おじちゃん私は帰りたい 連れて帰っておくれませ
一緒に遊んだミッチャンを 誘ってみとうございます
おじちゃん貴方は進さん 一緒にテニスをいかがです?

紘子は平戸に居たかしら いやいや・それはみつ子さん
あの子にゃ辛抱させたから 私はいつも詫びている
おじちゃん平戸に連れてって 紘子に会いとうございます

ああ・船が出る 平戸まで 私を乗せておくれませ
  姉しゃま・今度はいつ帰る しけたら平戸は遠い島
HU  HU・・・・・
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☆ 風に吹かれて  2008.5 

2008/05/22 23:10
☆ 風に吹かれて



悩み疲れて・途方に暮れて・・ こんな事誰だってよくあるよね
理由なんて・ほんの些細な事  自分で勝手に膨らましてる
無理もないかも・自分の人生  思うように生きるのが理想さ
野たれ死のうが朽ち果てようが  それはそれで悔いはないかも
だけど・目を背けちゃいけない事もある  
それは・老いゆくだけの命の事
風に吹かれて 優しさを貰うのさ
風に吹かれて みるのさ
風に吹かれて 優しさを思うのさ
風に吹かれて ご覧よ・・
電話しようか・田舎のあいつに  あいつなら大声で・笑うかも・・ 
お前は都会で・暮らし過ぎたと  心だけはふる里に戻せと・・

心痛めて・暮らし疲れて・・ こんな事誰だってよくあるよね
訳なんてないさ・優し過ぎるだけ  今の君は自分の首絞めてる
苦しむ姿を・恥じる事ないさ  いつか君は必ず強くなる
欲を棄ててさ・自分を棄ててさ それはそれで気持ちいいもんだよ
だけど・目を背けちゃいけない事もある  
それは・老いゆくだけの命の事
風に吹かれて 優しさを探すのさ
風に吹かれて みるのさ
風に吹かれて 優しさを思うのさ
風に吹かれて ご覧よ・・
訪ねてみようか 田舎のあいつを  あいつなら昔のまま・そんな奴
お前は都会にゃ・似合わないから  今すぐ帰れと言うはず
 
 風に吹かれて 風に吹かれて
 風に吹かれて 風に吹かれて
 風に吹かれて 風に吹かれて・・who……….
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☆ 宇留毛神社の春  2008.4 (ショートバージョン)

2008/04/29 17:24

☆宇留毛神社の春  

長い石段を  白い息を弾ませ 学生達が登って来る 
きっと就職祈願だろうね まだ・茶髪が残ってる 慣れない様子で両手を合わせてる
今日で今年は二度目だよね 宇留毛神社の境内 覚えているかしら
ほら、春を待てずに 桜が一輪咲いてる 貴女が来るのを知ってたみたいに 

二年前の貴女は  桜知らずの暮らし 施設の窓から見たかしら
すっかり馴染んだみたい 車椅子の暮らしが 近頃、それが似合ってきた
貴女は私の事を 自分の身体の一部と すっかり思い込んでる
ほら、前を向いて座ってよ こっちを見ないでよ 私の涙に気づいちゃ駄目さ
   
※ 
辛い事なら何度もあったよね 痛みで眠れぬ夜だってさ 
迷惑かけるから帰ると言ったりね そんな頃が続いたよね
悲しい事なら何度もあったさ 母親らしさ求めた頃
日毎に老いを深める貴女の姿に 何度、涙を流した事かしら

少しだけ休みましょうか 車椅子に揺れるのも ちょっと酷かもね
ほら、よく見てご覧よ 蕾が揺れてる  宇留毛神社に春の風が吹く
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
誰でも自分一人じゃ 生きてはいないんだよと 突然、貴女は言う 
先ずはお前が元気でさ いておくれよと 私の手を握ってくる 
そして時折、車椅子から 身を乗り出してさ 私の額に手を置いたり
今でも残る どこかに残ってる 母親らしさに驚く私  

知ってるつもりさ 貴女の事ならすべて 一緒に暮らして6度目の春
今では嫁とも 姉妹みたいにさ 風呂場で一緒にはしゃいだり
貴女はよく言うよね 「おじちゃんお休み」ってさ  寝る前の挨拶だけど 
それでいいんだよね 幸せってそういう事かも  私は自分を説き伏せる 

※ (繰返し)

そろそろ後にしようか 宇留毛神社の境内 今度来るのは蕾の開く頃
ここに待っていてよ 膝掛けはそのままでね  私は車を持ってくるから 
 
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☆ 道       2008.04

2008/04/12 16:46
☆ 道       



@
人は誰でも 明日の見えない道を 頼りない足取りで 
いつでも・いつの日も 歩いているもの
ため息一つで 壊れてしまいそうな そんな人生を 
頼りない・足取りで 歩き続けてる 

限りある命 夢にさえ辿り着けず このまま生きていくのか 
移ろう・季節にさえ 何も感じる事なく
ただ流れていく 時間の中で  一体、何を感じながら 
生きて・いけばいいのか 彷徨えばいいのか

この空見上げて 今度こそはと 何度、呟いた事だろう
春はいつの日も 優しい素振りだけで 目の前を通り過ぎるだけ・・

時に人知れず 時にはばからず  涙を流してもいい 
それが・私の人生 私の歩く道 

A
私に勇気があれば 明日の見えない道も 探せば必ずあるはず  
誰の・ものでもない 私の人生が
時に人知れず 時にはばからず 彷徨ってもいいと思う
足を・痛めてもいい 一歩でも前に進むなら

ありきたりの言葉 虚ろでもいい  天を指さす勇気があれば
風は・いつか必ず 私に吹いて来るはず
時に・愛は 煩わしいもの それを待っていてはいけない
言葉も愛も 人に与えるもの  

 この空見上げて 今度こそはと 何度、呟いた事だろう
春はいつの日も 優しい素振りだけで 目の前を通り過ぎるだけ・・   

人は誰でも 明日の見えない道を 頼りない足取りで 
いつでも・いつの日も 歩いているもの
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☆飛んでけ悲しみ 2008.3 短縮版

2008/03/06 16:49
☆飛んでけ悲しみ


悲しみよどこかに行ってくれ 俺はお前を見たくない
そして・風よあそこの黒い雲 フッと一息吹き消してくれ
悲しみよちょっとそこをどいてくれ そこにはお前は似合わない
そして・風よあそこの白い雲 母の足元に持って来い

悲しみよお前の付け入る隙はない 今の母には涙が似合わない 
しょっぱい荷物を一杯詰めた袋を背負ったさ 母の人生だったからかも・・

悲しみよちょっとそこをどいてくれ そこにはお前は似合わない
そして・風よあそこの白い雲 母の足元に持って来い
悲しみよ飛んでいけ 悲しみよ飛んでいけ


お袋、あんたに尋ねたい 老いゆく心を教えてくれ
生きていくって一体どんな事 老いていくってどんな事
それは大地をのたうち回ってさ 大地に戻るという事かしら 
それを悲しい事だと感じるのかさ それが人生だと思うかさ
悲しみよお前の付け入る隙はない 今の母には涙が似合わない 
しょっぱい荷物を一杯詰めた袋を背負ったさ 母の人生だったからかも・・

風よ答えを教えてよ 光よ行く手を照らしてよ
そこは・母と俺とが座る場所 明るい陽射しが似合う場所
悲しみよ飛んでいけ 悲しみよ飛んでいけ 

悲しみよお前の付け入る隙はない 今の母には涙が似合わない 
しょっぱい荷物を一杯詰めた袋を背負ったさ 母の人生だったからかも・・

悲しみよちょっとそこをどいてくれ そこにはお前は似合わない
そして・風よあそこの白い雲 母の足元に持って来い
悲しみよ飛んでいけ 悲しみよ飛んでいけ
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☆ 籠の鳥  2008.2

2008/02/28 16:40
☆ 籠の鳥



翼もがれたわけじゃない 飛べない訳がある
移ろいゆく時の流れに 漂い過ぎただけ
いつか止まり木は朽ち果て 休む場所さえなくし
気づけばお前は老いぼれた 一羽の悲しい鳥・・
今はさえずる事もなく 翼広げもせず
私のこの両手の中 いつも眠りこけている

ホラ、飛んでみろ 飛んでみろ籠の鳥 お前はいつでも自由
ホラ、飛んでみろ 飛んでみろこの空を 籠は心の中


お前があの空に暮らした頃 そこから何が見えたの
何かを奪い合う人の姿かい 怯え暮らす姿かい
お前は私に命を教えた 生きる為に休む事も・・
そして優しさという宝箱 私に届けてくれた
誰にも必ず老いる時が来る 言葉さえ操れず
お前が地上に舞い降りたように 人は天を仰ぎ見る

ホラ、飛んでみろ 飛んでみろ籠の鳥 お前はいつでも自由
ホラ、飛んでみろ 飛んでみろあの空を 命尽きるまで
 

お前は今何を見ているの 遠い空見上げてさ
あの日ふる里に帰りそびれた 自分を探すつもりかい
何も躊躇う事はない 羽ばたいてみるのさ・・
たとえ傷ついても怖くはない 私が傍にいるから
老いを語れぬ者は悲しい 枯れる命を知らぬ者も
私はお前の命が尽きるとも お前と生きるつもり

ホラ、飛んでくれ 飛んでくれ見せてくれ せめてお前の命
ホラ、飛んでくれ 飛んでくれふろ里の 風を持ってこい
ホラ、飛んでくれ 飛んでくれ籠の鳥 お前はいつでも自由
ホラ、飛んでくれ 飛んでくれ籠の都営 籠は心の中
 
 
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☆H18.6:施設にて 2008.2

2008/02/20 17:36
☆H18.6.施設にて 2008.2



窓越しに・見える夕焼け空 施設の外は車の波
遅かったじゃないか 何してたんだと 私を激しく叱る
買物に行くよ これから直ぐにさ お前と一緒にさ

何も分からない・今が分からない 施設を自分の家と思ってる
ベッドを揺らし 立とうとする そして私に倒れ込む 
施設の壁のチャイムが響く ここはどこ?・・母がつぶやく

どうしたんだろう? 私は何故・ここに居る 歩けないのは何故なんだと
首を傾げてる 私に聞く 深いため息をつく
窓の外・夕陽が動く 私の心も揺れている

苦しいもんだよ 毎日がさ お前にそれが分かるかい?
そして言う・いつまで生きるのかしらって 私は目を伏せる
もういいよね そろそろ・かしら ポツリと母が言う

気紛れな梅雨空は 突然、涙を流したり 
真っ赤な顔で怒ってみたり 母の記憶を曇らせたり
WOO・・私は憎む WOO HOO・・時の流れを WOO HOO  WOO HOO
(間 奏)
覚えているかい ほら・いつもの散歩道 あんたと俺をいつも待ってる
足を引きずる 年老いた犬 今日も居るかしら
負けちゃいけないよ あの犬だってさ 必死に生きてるじゃないか
 
悔やんじゃ駄目さ 嘆いちゃいけないよ あんたは立派に闘っているよ  
今は兎も角 歩けるようにさ そして家に戻る事さ 
頑張ってくれよ 退所まではと 私は母を励ます

帰りなさい・もう、遅くなる お前は仕事で疲れただろうと
明日もおいでよ 待ってるからねと 母が母に戻りだす
送っていくよ せめて玄関まではと 母が急に騒ぎ出す

気紛れな梅雨空は 突然、涙を流したり 
真っ赤な顔で怒ってみたり 母の記憶を曇らせたり
WOO・・私は憎む WOO HOO・・時の流れを WOO HOO  WOO HOO


☆作品背景
2005年暮れの母の骨折は私にも辛い出来事でした。2003年、殆ど自立歩行ができない母を熊本に向かえてリハビリの日々。約半年後には見事に杖をついて歩けるように回復するまでの私達の努力が一瞬の転倒で消えてしまったのです。
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☆ 試聴: DOLL   /2006.08    

2007/07/28 21:43



☆ DOLL   

@
あんたは気づかない まるで能面みたいに 遠くを見てるだけ            
幾ら話し掛けても 木彫りの人形みたいさ あんたは・・何も応えない      
戯けてみせようか あんたの好きな役者の 声色真似してさ・・
だけどあんたは気づかない 暗い老いの世界へと 踏込む・・つもりかも 
昨日までのあんたは 陽気に笑っていたのに 今は天井・・見てるだけ

もっとソバにお寄りよ 突然、母が話しだす お前は私の子だよね?
母が両手を伸す 細い腕を伸す 私の顔を触り出す 
何も心配ないよと 私は母を抱き寄せる 背中をさすってやる
母は無邪気にはしゃぐ 言葉がなまりだす 幼い頃に戻ってる
やがて、気づけば母は 私の腕の中で 木彫りの人形に・・戻り出す

何て悲しいんだろう そして、切ないんだろう 老いはまるで・・回転木馬のようさ
5分刻みで母になり そして、人形に戻る 老いはまるで・・回転木馬のようさ
これが人生なんだろう これも人生なんだろう 私は独り・・つぶやく

A
実は、あんたはすべてを 分かっているんだと 時に思う事がある  
朽ちゆく自分をさらし 老いゆく姿を見せて 私を試しているのかと
真っ白な心で 向かいあってるつもりさ あんたは俺の・・母さんだからさ 
だけど、あんたは朽ちゆく 駆け足で老いゆく 時の流れを追い越すつもりかい
これが人生なんだと だから、しっかり生きろと 今でも私を・・叱ってる
  
あんたの心が読めない だから教えてくれよ 老いゆく者の気持ちを
あんたが望む事は 別なものかも知れない 私にはそれが分からない 
老いは尊ぶものだと 老いは敬うものだと 知ってはいるけれど
私はあんたのお陰で 泣く事も覚えた 強くもなったみたい
余り得意じゃないけど たまに戯けてみせようか 顔にはペイント・・塗ってさ

何て悲しいんだろう そして、切ないんだろう 老いはまるで・・回転木馬のようさ
5分刻みで母になり そして、人形に戻る 老いはまるで・・回転木馬のようさ
これが人生なんだろう これも人生なんだろう 私は独り・・つぶやく

これが人生なんだろう これも人生なんだろう 
これが人生なんだろう これも人生なんだろう
これが人生なんだろう これも人生なんだろう
これが人生なんだろう これが人生なんだろう 私は独り・・つぶやく
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☆ 試聴: 母のふるさと  / 2006.1

2007/07/28 21:26


☆ 母のふるさと  

@
君とこうしてここを訪ねて 母の育った古里の事を
君とこうして話してみて 気づいた事がある
海も山も人も空気も 全てが息づいてる
母の古里・歌が浦 九十九島の北の町
ひとことで言ってしまえば 街中に緑が溢れてる事さ
そしてひとことを付け加えたら 海が素敵な街って事さ
何よりも言いたい事は人の心が自然って事さ
海も山も人も空気も 全てが息づいてる
母の古里・歌が浦 九十九島の北の町
 
A
頬を撫でる風のささやき 人の思いの深さを感じる
私が求める永久の安らぎ ここにはそれがある
隠れ切支丹・しとね崎 今は昔の歴史が漂う
長い時代を生きてきた 人々が今でも暮してる
長串山から平戸を望めば 眼下に広がるお伽の世界
そしてキラキラ輝く波の上 浮かぶ釣り舟と白い観光船
夕日に向かって手を伸ばせば 君なら掴めるかもドラマのヒロイン
海も山も人も空気も 全てが息づいてる
母の古里・歌が浦 九十九島の北の町

ひとことで言ってしまえば 街中に緑が溢れてる事さ
そしてひとことを付け加えたら 海が素敵な街って事さ
何よりも言いたい事は人の心が自然って事さ
海も山も人も空気も 全てが息づいてる
母の古里・歌が浦 九十九島の北の町
 

制作背景:
母は長崎県北松浦郡佐々の生まれ。その後、父親が平田山炭鉱を開業するに際して歌が浦に移り住み、この地から対岸の平戸高等女学校に進みます。歌が浦はいい所です。近くの長串山からの眺望は絶景。まるでスーパーディズニーです。春のツツジ祭り、夏の澄んだ海、そしてマリア様像・・。「これが私の最後の旅かしら・母がポツリと言う・・」、これは[潮騒の町]という別な作品の冒頭の部分ですが、私は多くの作品に母の故郷の歌が浦を扱っています。町中には教会が幾つもあって島原の乱から逃れた切支丹の末裔の方々が多く住むこの地が母のふるさとです。
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☆ 義母の旅立ち(ははのたびたち)  /2006.2     

2007/07/28 21:20


@
2006年1月20日の雪の夜 妻の母が召されました
家族を帰したその後の とても安らかな旅立ち
私は「お疲れ様」と額に手を当て 両手で顔を包みました
召されたなんてとても信じられない まだとても暖かでした
「お母さん、目を開けてよ・お願いだから」と 妻は身体を揺らしました
「ノコちゃん、ありがとう・これでサヨナラね」 声が聞こえるようでした
窓の外は雪の夜 小雨の混じる寒い夜

A
2006年1月20日の雪の夜 妻の母が召されました
小雪の舞う日に旅立つなんて 北国生まれの人らしい
9年の長い闘いでしたね 貴女も家族も頑張っていました
そして最後の6年は 食事もまともに採れなかった
キヌさん、今度出会ったら 教えて下さい油絵を
キンちゃん・って私が使い始めましたネ 貴女は気に入っていましたか?
妻は夜の更けるまで聖書を片手に 貴女に語りかけていました

B
妻は僅かな記憶を取り戻そうと 貴女の故郷を訪ねたりしました
そして分かったかしら浜益の写真 貴女はそこに帰ったのですか?
私が知ってる貴女とは 女手一つで子供を育て
お洒落着なんて縁がない だけどいつも朗らかでしたネ
言いたい事ってあったと思う それは数え切れない程に
だけど、貴女は最後まで 我慢,我慢の人でしたネ
私は忘れない貴女の旅立ち 小雪の舞う寒い夜

C
貴女は教えてくれました 私は今になって気付きました
親として最後の務めとは それは子供の目の前で
老いゆく姿を見せる事 朽ちゆく姿を見せる事
それは生きとし生けるもの全てが 迎える自然のなりわい
貴女は見事に闘いましたネ そして・・静かに旅立ちました
94年の長い人生 貴女は立派に生き抜きましたよ
私は忘れない貴女の姿 それは小雪の舞う寒い夜
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☆ 試聴: 立田山自然公園にて  /2004.3 

2007/07/28 20:21


@
ユラユラ ユラユラ陽炎の中 
ユラユラ ユラユラ母が杖をつく
ユラユラ ユラユラ陽炎の中 
ユラユラ ユラユラ母が歩き出す

雨上がり 夏も近いある日の早い朝
今日は母がいつものデイを休む
たまには息子と一緒に どこかに出掛けたい・・母が言う
そうだね雨上がりの緑がきれいかも
私は即座に応える
たまには母と一緒に同じ時間を過ごすのもいい
立田山自然公園遊歩道 私の家から車で僅かに5分
車椅子はいらない 母は急げ急げとせかす
立田山自然公園遊歩道 母のお気に入りの場所
訪ねる度に色を変え 四季折々の自然がそこにある

ユラユラ ユラユラ陽炎の中
ユラユラ ユラユラ母が杖をつく
朝日に輝く芝生が綺麗だね
裸足で歩いてみようかしら
ユラユラ ユラユラ陽炎の中
ユラユラ ユラユラ母が歩き出す

A
立田山自然公園遊歩道 母の見つけた安らぎの場所
育った家の庭にも 大きな池があったと母は言う
立田山自然公園遊歩道 母の記憶を呼び起こす場所
こんな所に住めたら さぞかしいいだろうねといつも言う
立田山自然公園遊歩道 母がいつも口にする場所
菖蒲池の真上に うっすら虹が架かりだす
母には虹が見えているのかしら
虹に向かって母が歩き出す
車椅子を片手に私は束の間の奇跡を見る

ユラユラ ユラユラ虹に向かって
ユラユラ ユラユラ母が杖を棄てるユラユラ ユラユラ母が虹の中を
ユラユラ ユラユラ歩き始める
ユラユラ ユラユラ母が虹の中を
ユラユラ ユラユラ今、歩き出す
歩き始める!

ユラユラ ユラユラ虹に向かって
ユラユラ ユラユラ母が杖を棄てるユラユラ ユラユラ母が虹の中を
ユラユラ ユラユラ歩き始める
ユラユラ ユラユラ母が虹の中を
ユラユラ ユラユラ今、歩き出す
歩き始める!


解説:
母を佐世保から熊本に連れて来て同居を開始したのは2003年3月末。当時の母は四つん這いで移動するにも膝と肘には長年の痛みがあって無理。杖を使わせるにも誰かが一度は立たせる事が必要。そして、杖を使ってもせいぜい4m程度の歩行が限度。目を離すと腰折れで倒れこむ・・そんな状況でした。既に、母は腰骨と左股関節に骨折があったのです。しかし、手術をするにも高齢に加えて心臓が弱く麻酔の適正な量が分からないなどの理由でできないでいたのです。
私は仕事の多くを返上して歩行訓練で筋肉を強化しようと母を自宅近くの立田山自然公園に連れ出しました。実は、私自身も2001年には野球の練習の最中に転倒して腰椎分離骨折という骨盤のすぐ上の腰骨を縦に骨折したままなのです。手術を勧める医者がいるかと思えば腹筋を鍛える事で日常の生活だけなら過ごせるはず・という医者もいました。骨は筋肉を支え、筋肉は骨に支えられているからです。
母の話に戻りますが、立田山での歩行訓練が終れば自宅で鍼、灸にマッサージを施し、疲れた表情がある時には歩行訓練は中止して、ドライブにと大津や合志、菊池方面へと繰り出しました。やがて、母は杖で歩く距離を800m、2kmと伸ばしていきますが、今度は「・・佐世保へ帰る。一人で暮らせるよ・・お願いだから返して・」と言い始めました。歩行に自信がついたから帰るのではなく、元々から歩けていたんだ・という意識。息子と一緒にトレーニングに励んだという事実は・母の記憶にはなかったのです。この時、私は介護の大変さに気づきました。母が91歳の時です。もう、このまま放っていては母の認知が進み、人間性さえ崩壊してしまう・・どうにかしないといけない・・、私の厳しい精神修行が始まりました。
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☆ 試聴: 母よ  /2006.1      

2007/07/28 20:15


時に母は心に 鍵を掛ける時がある 深い思いに沈み込む そして
遠い記憶を辿るのか 今の自分を探すのか 計り切れない時がある やがて
母は静かに横になる 私を見つめてる 「アンタは誰?」・・と聞く

丸い背中は寂しい 何かを背負っているんだろう 母の人生が見える そして
私は言葉を無くし 母を眺めるだけ やがて迎える私の姿を そして
母は再び繰返す 「どなた様ですか?」・・と 私は堪らずうつむく

姉は気づいただろうか? 兄は知ってるだろうか? 母から母が消えつつある事 それは
自然な事とは思うが とても辛い事 母にはそれが分からない だけど
刹那刹那に残る 命への拘り それが母を支えてる

姉よ・今の母にはこんな時がある
今でも自分は深江に住む・・と
ミツ子と紘子、勇と私の区別ができない
父の事さえすっかり忘れてる

姉よ・兄よ・私の気持ちを聞いてくれ
今の母に母を求めるのは
俺達の無理な願いかも知れない
母は頑張っているけれど
時よ戻れと・・せめて止まれと・・思う・・

時に母は心を 深く閉ざす時がある 語りかけても応えぬ時がある そして
遠く流れるちぎれ雲 今の自分を重ねて 心を揺らしてる そして
私の最後は 深江の家でと 口にする事がある

やがて歩けなくなる 一人じゃお茶さえ飲めず 心さえも互いに通わず それは
あり得ない事じゃない そんな時が来るかも・・答えなんてあるはずがない そして
覚悟なんてしてない そんなものはできない 私は自分に問いかける

母よ・・もう、いい 忘れてしまいなさい 母である事も全て 何故なら
貴方の務めは終った 母の務めは終った 生きていてくれるだけでいい そして
母よ貴方は今日から 私の可愛い 子供になりなさい 子供になりなさい  
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☆ 頑張れ!お袋 /2005.12

2007/07/28 20:03


ちゅっ ちゅっ ちゅるっ ちゅっ

ここの処、母にはいつもの元気がないみたい 起上がるのも辛いようだ
夜中に急に咳込んだり トイレに何度も起きたり 眠れない事もあるみたい
朝の寒さがデイに行くのを 躊躇わせるのか 朝のご飯の進みも遅い
今年の冬は確かにいつもと違うが 去年の母もこんな感じだった
起きてもなかなか顔を洗う気配さえなく 鏡の前で呆然としている
今は何月? 明日は何曜? 母がよく聞く 以前よりずっと増えたみたい

ちゅっ ちゅっ ちゅるっ ちゅっ

そんな日が続いていた頃 母が骨折をした デイを急に休んだ日だった
嫁も私も仕事で出掛けて4時間くらいは 母が独りの時の出来事
ストーブ消してヒーター止めて自分の部屋で 横になろうと思ったらしいが
勿体ないから居間の電気を全部消そうと ソフアーに乗ろうとして滑り落ちた
余程の痛みか、母は私の携帯電話に 見事に自分で連絡してきた
とんでもない事になったよ 早く帰っておくれ 私は痛みに堪え切れない

頑張れ!お袋 頑張れ!お袋
アンタは我慢強い人だから
必ず歩ける! そう信じている! そして、佐々では千代サンが待ってる
頑張れ!お袋 頑張れよ!お袋 高崎裕士の追っかけをしたいんだろう?
デイでも皆が心配してるよ アンタの吹くハモニカ 待ってる人も居るはず

ちゅっ ちゅっ ちゅるっ ちゅっ

日頃からの心配事が現実になった 母が足を骨折した 
前夜からの雨模様で確かに予感があった 母は雨の降る日を嫌がる
デイを巡って嫁との激しい応酬があった 結局、嫁が譲ったが
母の気持に嫁が負けて折れたのはいいが・・結局、母の足まで折れた
兎にも角にも、今日で入院3週目を過ぎ リハビリもうまくいってるらしい
今年の冬は特に厳しい モノは考えようかも 入院していて良かったのかも

ちゅっ ちゅっ ちゅるっ ちゅっ

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☆ 試聴: 春待ち人  / 2004.1

2007/07/28 19:59



@
穏やかに晴れた冬のある日 突然、窓越しにハラハラと雪が舞う
そして、母は炬燵で横になる
隙間風、母の耳をかすめ 思わず身を振るわせ毛布引き寄せる
そして、母は背中を丸くする
障子開け見えぬ目で季節を知り 今日も月日の違う暦をめくる
そして、遠い冬を語り出す
降る雪は花の香り奪い 木々の緑さえ全て覆い隠し
そして、母の記憶を奪っていく

雪解けて水温む春はどこ?
花吹雪舞い落ちる春はいつ?
川面には光り輝く春よ来い
爛漫の花をたたえ そんな春よ来い!


A
日が沈む 冬の日が暮れる 突然、ベルが鳴る 娘との会話
それは、母が母に戻るひととき
電話が済む 母が私に聞く 「私は今,誰と何を話したの?」
そして、母は深いため息をつく
[人はいざ 心も知らずふるさとは・・]、突然、母が詠む百人一首
そして、母は故郷を語り出す
母が待つ春・・それはとこしえの春
痛みのない春 別れもない春
母はそんな春待ち人

雪解けて水温む春はどこ?
花吹雪舞い落ちる春はいつ?
川面には光り輝く春よ来い
爛漫の花をたたえ そんな春よ来い!

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☆ 試聴: ひととき /2005.12

2007/07/28 19:54



@
母はコタツの中で両手を擦る そして、痛む膝を擦り出す
私は少し猫背で頬杖をつき 薄目を開けてTVを見ている
やがて母はミカンに手を伸ばす そして、右の頬に当てている
私は穏やかな時を感じながら いつか眠りに落ちていく
漂う香りの中私は目覚める 母は座椅子枕に眠っている
私の前には袋まで剥かれたミカン そして、肩には毛布が掛けてある

嗚呼、こんなにのどかで穏やかなのに こんな暮しがずっと続けばいいのに・・
尽きる事ない命がずっとあればいいのに 母を見ていて・・そう思う

母は生きている それは事実 今は私のそばに居る
何も望まない 健やかであればいい 母を見ていて・・そう、思う

A
誰もがそうだろう 私は18で親の元を遠く離れた
親は頼るもの 永遠にいるものだと勝手に思い込んでいた
そして、幾歳を過ぎ 気づけば父は世を去り 老いに戸惑う母が居た
立つ事さえも侭ならぬ母を見た時 私は自分の生き方を悔いた
時に人を傷つけ 時に父さえ憎み 責めた事はあっても
老いた母を見た時 曲がった背中に手を添え 泣いた事など初めての事

嗚呼、こんなにのどかで穏やかなのに こんな暮しがずっと続けばいいのに・・
尽きる事ない命がずっとあればいいのに 母を見ていて・・そう思う

母は生きている それは事実 私と共に暮してる
妻さえ許せば私の命の残り 母に返したい・・そう、思う

B
やがて母が静かに動き出す 自分で剥いたミカンに目をやる
「これはアンタが剥いたの? 袋まで取ったの?」・・母は、もう・・忘れてる
私は無言で一つ摘んで 母の口に放り込む
「ああ、冷たいね 美味しいね これなら歯茎を痛めない」
お茶でも入れましょう チャンネル変えましょう 相撲が終ってしまうから
貴女の大好きな朝青龍 一番だけでも見たいでしょう?

嗚呼、こんなにのどかで穏やかなのに こんな暮しがずっと続けばいいのに・・
尽きる事ない命がずっとあればいいのに 母を見ていて・・そう思う

母は生きている それは事実 私のそばで暮してる
何も望まない 健やかであればいい 母を見ていて・・そう思う
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☆ 試聴: 母に生命を返す時 /2006.3

2007/07/28 11:11



母は日毎に老いを深める 今以上を望もうとしない
自分の足で歩く事 それだけの事を もう、諦めたのかな・・
私もいつの間にか ため息をつく事が増えた
若さというか・・やる気というか・・私から何かが消えていく
優しさだけで接しても 駄目だって・・誰かが言ってた
日毎に老いが深まり 素直になっていく母 私にはそれが寂しい
母よ立ち上がってくれ そして歩いてくれ
あんなに気丈夫のアンタが 弱音ばかりを言うなんて・・
神よ私の命と引き換えに 母に力を与えてくれ
今こそ命を返す時 母に命を返す時 

思えば私は幼い頃 母には2度目の命を貰った 
今でも私の身体に 大きく残る傷 母はしっかり覚えてる
17時間にも及ぶ手術 母はオペ室のドアの向こうで
誰はばかる事なく 母は私の名を叫び続けた 今でも私の耳に残ってる
だからこそ今思う 母には命を返そう・・と
母よアンタのおかげで 私はこれまで生きてた 今しか恩は返せない
母よ立上がってくれ! そして歩いてくれ
あんなに気丈夫のアンタが 弱音ばかりを言うなんて
私の命はいらない 神よ母に与えてくれ
今こそ命を返す時 私はそう・・思う

母は去年のこの時期は 芝生の上ではしゃいでいた
車椅子に乗ったり 杖をついて歩いたり 笑顔が耐えなかったのに
母よ、本当に疲れたのかい 休みたいと思うのかい?
一日の多くを ベッドで横になってる すっかり弱気になってる
今は私がアンタの 足代わりになっているけど
こうしている間に 私の人生だって どこかで狂い始めてる
だけど、私の身体に残る傷 手術室まで聞こえた母の叫び
私はあの時から母に 命を貰ったと思っている
神よ私の命と引き換えに 母に希望を与えてくれ
今こそ命を返す時 母に生命を返す時 

母よ立ち上がってくれ そして歩いてくれ
あんなに気丈夫のアンタが 弱音ばかりを言うなんて・・
神よ私の命と引き換えに 母に力を与えてくれ
今こそ命を返す時 母に命を返す時 
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☆ 試聴: 蝉しぐれ   /2005.6

2007/07/27 22:05



@
外は蝉しぐれ 風が途切れた早い朝
早朝野球を終えた私を母が待つ
ホラ、見てご覧 母が空を指差す
遠く青く澄んだ空に浮かぶ ちぎれ雲一つ
目を落とせば 庭に白い花生姜
名前は何かと訊ね 母が歩み寄る
香り届かず 母への想い届かず
いつか母と共に植えし記憶 母にはもう昔

時に母は童になり・・時に母に戻る事も
いつも同じ言葉探しながら昔を語り出す
まるで92年の人生 紐解くように
母に届け! 母に響け! あア・・蝉時雨
母に届け! 母に響け! あア・・蝉時雨

A
目を移せば 遠い空に浮き雲
ふるさと離れて暮す 母が悲しい
母は浮き雲 流れゆくちぎれ雲
遠い記憶の狭間をさ迷う 老いた旅人
あア蝉時雨 母の心に歌えよ
92年の月日を 愛でるように
知るや知らずや ひと夏の蝉時雨
今日も母の心に叫べよ 命ある限り

肩を抱けばいつのまにか 母は娘になりハシャギ
そして、幼い日の兄と私を取違えている
まるで92年の歳月 昨日のように・・
兄を慕う母に響け! あア蝉時雨
兄を慕う母に響け! あア蝉時雨

時に母は童になり・・時に母に戻る事も
いつも同じ言葉探しながら昔を語り出す
まるで92年の人生 紐解くように
母に届け! 母に響け! あア・・蝉時雨
母に届け! 母に響け! あア・・蝉時雨
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☆ 試聴: ふる里へ帰ろう / 2006.8

2007/07/27 21:57



@
ふるさとへ帰ろう 君が育った町へ 
君の母が待ってる 老いた身体を横たえて・・君の帰りを待ってる
自分の命を削り 君を育てた母が 
君が忘れかけたふるさとで 老いた身体を横たえて・・君の帰りを待ってる
ふるさとへ帰ろう 君が育った町へ
老いゆく母は語らない 救いなど求めもしない・・それが何故だか分かるかい 
ふるさとへ帰ろう ふるさとへ帰ろう 老いた母の為に

あの日、優しさを・・ふるさとに残し 君は都会に憧れて・・しまった
そして、君はそこで何を・・得たのだろう 今でも拘る何かが・・あるのかい
ふるさとに沈む夕陽は・・あの日と同じ、だけど 君が母を最後に見たのは・・いつ 
君が何かと闘い・・もがく間に・・君の母も老いに苦しんでいる
ふるさとへ帰ろう ふるさとへ帰ろう 君自身の為にも

A
ふるさとへ帰ろう 君の育った町へ
そこで君は必ず 大切なモノを見つけるだろう・・今の君が忘れてる何かを
自分の命を削り 君を育てた母が 
君が忘れかけたふるさとで 老いた身体を横たえて・・君の帰りを待ってる
ふるさとへ帰ろう そして、多くは望まない
君は母の手を取り 「今、帰って来たよ」・と・・声を掛けてくれ
ふるさとへ帰ろう ふるさとへ帰ろう 老いた母の為に

私も自分の暮らしに・・疲れた時 ふるさとに救いを求めていた
だけど、今、思えば・・母はその頃 老いの狭間に喘いでいた 
今でも母であって・・欲しいとは思うが  母がいるのは私の記憶の・・中
それは、母との暮らしを・・始めればこそ・・分かり出した事  
ふるさとへ帰ろう ふるさとへ帰ろう 君自身の為にも
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☆ 試聴: 花ミズキ / 2006.4

2007/07/26 22:47



過ぎ行く季節の中で 母が老いを急ぐ 
移ろう季節がまるで 私まで弄んでる・・

二年前、母の為にと植えた花ミズキ 
私の背丈と同じくらいネ・・って母が言ってた
朝な夕なに水をやり 大事に育てたが
ふと・・気づけば母の身体が 随分小さくなっている
花ミズキ・君の背丈が伸びたからだけじゃない
母の・・母の身体が少しづつ・・縮んでいる
教えてくれ花ミズキ 母の心が分からない
近頃・母はめっきり 言葉数が減ってきた

hoo hoo hoo hoo

寒さもどうやらやり過ごせたね ほら 見てご覧
施設の庭にも赤い花ミズキ 夏はもうすぐ
「うちにもあるよね?花ミズキ」 母は覚えてる
「もう、見る事もないんだろうね」って・・哀しい事を言う
「よせよ、そんな言い方は・・頑張るのはアンタだろう!」
突然、母は黙り込む 時折、私を睨む
花ミズキ 君と私は似た者同士だね
香り持たない君も・・母の心に入れない
過ぎゆく季節の中で 母が老いを急ぐ 
移ろう季節がまるで・・私まで弄んでいる

hoo hoo hoo

花ミズキ 君の事を母が気にしてた
私はまだ家には帰れない 「歩くのがちょっとネ」ってさ
花ミズキ そしてこうも言ってたよ
「随分、大きくなったろうネ」って 「処で赤かい?白かい?」ってさ 少し寂しいね
だけど・・それでいいと思うよ つかず離れずって言うのか
母が振向けば・・君はいつも母の帰りを待ってる
花ミズキ 待ってろよ! 必ず母を連れて帰るからさ
老いた母の為に君は・・背丈は余り伸ばすなよ

過ぎゆく季節の中で 母が年を重ねる 
過ぎゆく季節の中で 母が老いを重ねる
過ぎゆく季節の中で・・・過ぎゆく季節の中で・・・

hoo hoo hoo hoo・・・

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☆ 試聴: 秋・夕暮れ / 2006.11

2007/07/26 22:42
☆ 秋:夕暮れ



@
ほら・どう思う・あの空を 母が古い映画のヒロインみたい
夕焼けを前にして椅子に座ってさ 私の・そばで腕組みしてる
母にはあの空・見えるのだろうか 弱った視力が少し気に掛かる
長い道のりを歩いた母は 時に・ああして昔を探してる
  生きる事に疲れた・とか 足でまといになりたくない・とか 
そんな思いは持って・欲しくない 
生きてきて良かった・とか それなりに幸せだよ・とか 
そう思って・欲しい
ほら・見てご覧・夕陽が動く オレンジみたいな顔して こっちを見てるよ 

A
母が・私を見る・空を指さす お前は飛行機・乗った事があるかいって・さ
私は・そんなモノはいらない もうすぐあそこに行ける・と 哀しいジョークを言う
突然・母が口にする夕餉の支度 買物に行くのを忘れた・と言う
お前は今夜・何が食べたいかと 有り合わせでいいよとわたしは・応える                                 
 そうじゃないでしょう・とか 何回言ったら分かるの・とか 
こんな時には言わない方が・いい
母が母であろうとする・事 柄の間であっても・いい
それは・とても大事な・事 
もう・陽が沈む・家の中に戻りましょう 山積みの洗濯物でも畳んでみます・か

生きる事に疲れた・とか 邪魔者にはなりたくない・とか
そんな思いは持って欲しくない
あんたと暮らして良かった・とか 親ってやっぱりいいもんだよ・とか
そう・思わせてくれ
ほら・見てご覧・もう日が暮れた 居間の窓から町灯り・見える・はず 
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☆ 試聴: ホッホ /2007.2

2007/07/26 22:36
☆ ホッホ



@
人生って老いてからの方が 辛い事が多いね・・ホッホ・母が笑う
朝から何を食べて お昼はどこに居て・・ホッホ・・それさえ分からない
それでもいいじゃないか 生きてみせるって事は 俺達に勇気をあたえる事
この4年の間の 俺をよく見てみろよ 随分・我慢強くなったさ

お前にもやりたい事が あっただろうに・・ホッホ・母が聞く
こんな思いの深い息子に 育てた覚えはないよ ホッホ・母が笑う
そして私はもういい お前は元の暮らしに・・ホッホ・戻れと言う
私はそろそろ向こうに行って 春の七草粥でも ホッホ・作ると言う

いつも迷惑掛けるねと 母が言う 俺が選んだ生き方なのに 
俺の事ならもう・いいよ 人生棄てたよ ホッホ・今度は私が・笑う
俺の事ならもう・いいよ 人生棄てたよ ホッホ・今度は私が・笑う

時々・思う事があるよ・と母が口にする お前はまるで私の母の・生き写し 
お前の背中をこうして見てると 母はお前の身体を借りて 私の傍にいるようだ・と 

いつも迷惑掛けるねと 母が詫びる 俺が選んだ生き方なのに・・ 
俺の事ならもう・いいよ 人生棄てたよ ホッホ・今度は私が・笑う 
俺の事ならもう・いいよ 人生棄てたよ ホッホ・今度は私が・笑う

A
連れて行っておくれよ 博多の町に・・ホッホ・母が言う
みね子サンと通った あの桜坂は今でもあるかしら・・
もう一度よく見てごらん ちょっと違うんじゃない? みね子サンは隣の人
母がアルバム広げて 指さす人は 母の見知らぬ人 

少し部屋が暗い気がする 目のせいかしら・・ホッホ・母が笑う
人前で弱音を吐くのが 嫌いな母は・・ホッホ・・いつも自分を隠す
私にはお前の顔が よく見えないよ ホッホ・・母が笑う
とても不安なはずなのに 気になるはずなのに ホッホ・笑って誤魔化す

いつも済まないねと 母が言う 言ったさきから忘れるけど・・ 
俺の事ならもう・いいよ 人生棄てたよ ホッホ・今度は私が・笑う
俺の事ならもう・いいよ 人生棄てたよ ホッホ・今度は私が・笑う 
 
時々・思う事があるよ・と母が口にする お前はまるで私の母の・生き写し
そんな事ってあるかしら 母はお前の身体を借りて 私と暮らしているようだ・と

いつも迷惑掛けるねと 母が詫びる 俺が選んだ生き方なのに・・ 
俺の事ならもう・いいよ 人生棄てたよ ホッホ・今度は私が・笑う 
俺の事ならもう・いいよ 人生棄てたよ ホッホ・今度は私が・笑う
ホッホ・私が笑う

制作背景:
2007年2月7日に人吉市のご招待を受けてコンサートを開いて頂きました。この会場には介護歴45年という一人の女性が最前列に座っておられました。脳梗塞で倒れて麻痺が残った父親を介護していた母親が倒れ、娘である彼女は勤めていた会社を辞めて両親の介護をするようになったそうです。その後、父親は4年後に亡くなったのですが母親は現在でも寝たきりの生活で日常の全てに介助が必要な状態だという事でした。フッと気づけば、彼女は恋愛もする事無く、嫁ぐ事もない介護生活を45年間続けているんです・と私に話してくれました。
「人生・・棄てています」という彼女の言葉が私の心に重く残ったままで作ったのがこの[ホッホ」という作品です。私の中にも似たような気持ちがある瞬間は確かに・・あります。「ホッホ」といういうのは私の母が笑う時に発する声の事です。
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☆ 母のクーデター /2005.7

2007/07/26 22:28




2003年、夏 母が突然騒ぐ
こんなとこまで連れてきて アンタは酷い息子さ
今すぐ私は帰るよ 母が身支度を始める        
よろける足を踏ん張りながら 帰り支度をする

理由なんて分からない だけど母にとっては大切な事
今でも独りで暮せると言う それはそれで大事な事
私のバッグはどこにある? 黄色の財布はあるだろうね?
バスはどこから出るのかい ここから佐世保は遠いかい?
2003年,夏 母が突然騒ぐ
今から佐世保に帰るよ そこで一人暮すから

2003年,夏 母が突然騒ぐ
こんなとこまで連れてきて アンタは酷い息子さ
左手は私の腰のベルト 右手で身支度を始める 
よろける足を踏ん張りながら 帰り支度をする

悲しさ辛さは誰にでもある 思い通りにならない事も
酷い息子につれない嫁だと 何と言われても構わない
私の腰にベルト 母には必要なはずなのに
静かな暮しに中で 母は私に気づかない
2003年,夏 母が突然騒ぐ
母が佐世保に帰ると言う 私のベルト握ったまま



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☆ 試聴: 金木犀 /2005.11

2007/07/26 22:24



いつになく冷えた朝 窓の外は深い秋 
雪のように舞い落ちる金木犀 白い季節は・・すぐそこ
静かな寝息立て 今朝は母がまだ眠ってる
昨日、届いたばかりのハーモニカ 耳元に置いたまま
窓を少し開けましょうか? 母の眠りを邪魔せぬように
そして香り放てよ金木犀 今朝は君が・・母を起こせ

カーテン越しに朝日が射します 窓の外は深い秋
庭の隅に積もった金木犀 白い季節は・・すぐそこ
風が部屋を訪ねます 母に季節を届けます
やがて母が静かに目を覚ます まるで幼子のように
お茶でも飲みましょうか? 耳元で母に尋ねましょう
そして香り放てよ金木犀 君が窓辺に・・母を呼べ

今は秋?・・母が聞く 春はまだ?・・母が聞く
途切れ途切れの記憶の中に 忘れられない事がある
古びたアルバム開く度に 破れた写真つぎ足す度に 
母の記憶が束の間・・戻る


92度目の冬がくる 辛い事など一つもなかった
愉しい事なら覚えているさ 私にいつも言う
母が昨夜の夢を話す 幼い頃は近所もミッチャンと
川に水組み、山にはビャラ集め ミツエさんも同じ夢を・・見たかも
会いに行きましょうよ 貴方を慕うミツエさんに 
そして、姉のフジエさんにも会えるかも 歌ヶ浦は・・母の古里

花言葉は[気高い人] 母には似合うかしら?
香り届けよ思い伝えよ金木犀 母には素朴さが・・似合う
日毎夜毎に匂い立ち 日毎夜毎に舞い落ちる
そして、命短し金木犀 母には希望を・・与えてくれ
厚めの布団に替えましょうか? それとも薄めを重ねましょうか?
部屋に飾り続けた金木犀 君とは今日で・・お別れ

今は秋?・・母が聞く 春はまだ?・・母が聞く
途切れ途切れの記憶の中に 忘れられない事がある
古びたアルバム開く度に 破れた写真つぎ足す度に 
母の記憶が束の間・・戻る

いつになく冷えた朝 窓の外は深い秋
秋の終りを告げて散る金木犀・・白い季節は・・すぐそこ


解説:
2005年10月、母と私達夫婦は長崎に住む長女の紘子と一緒に母が育った長崎県の歌が浦を訪ね、その住居跡地に立ちました。実に70数年振りの母の里帰りでした。「ここには大きな池があってさ・・」、母が懐かしそうに語っていた時、「つや子姉シャマ!」と一人の女性が声を掛けてきたんです。それは、遠い昔に母が胸に抱き上げ幼い妹のように可愛がっていたミッチャンだったのです。その川尻みつえサンと母は抱き合って喜んでいましたね・・。お姉さんのふじ子サンもご健在で、その後に私達が歌が浦を訪ねる度に連絡を取り合うようになり、お互いに励まし合うようになりました。
この旅の帰路、母の伯父の濱野冶八が寄進したとされる佐々の東光寺というお寺を訪ねて私のCDを納め、旅の報告をして駐車場に向かう時でした。10月26日だというのに突然の蝉しぐれが境内の裏山から聞こえ始めたのです。お寺の庭には私達以外にも数名の方々がおられたのですが、互いに顔を見詰め合って驚いていたのを覚えています。そして、この時に私はもう一つの不思議な体験をしました。私の体中の血液が沸騰するような熱い感覚に襲われたんです。「・・俺は何かを貰った・・」、そう思いました。私が【母に生命を返す時】というCDを作ろうと決心したのは、この東光寺の境内だったのです。
この金木犀という作品はこの東光寺から熊本へ帰る車中でメロディの多くの部分が浮かんでいました。それはまるで・・母の里帰りを祝う濱野一族が私の身体を通して伝える喜びの声のようでもありました。
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☆: 弓削神社にて / 2007.7

2007/07/26 20:07
☆ 弓削神社にて   



覚えているかい ほら・あの銀杏の木 回りは柵で囲ってあってさ
きっと天狗が住んでいるよと 見上げたじゃないか あれは去年の秋だったね
金糸の絨毯みたいだよって はしゃいでいたよね 車イスから立とうとしたよね
素足で歩いてごらん お姫様みたいにさ 神様だって見とれるかもね
そろそろ秋祭りの準備かしら 枯葉が踊り出したよ 弓削神社の秋はすぐそこ 弓削神社の秋は・・もうすぐ

ソバには広くて ほら・大きな川もあってさ 天を突く杉木立があったさ
冷たい風が吹いていたよね 木漏れ陽が綺麗だったね 気持ちがいいねと貴女は言ってた
きっと天狗が大きな団扇で 扇いでいるよと 貴女は両手を合わせていたよね
二年前の貴女は杖を使ってさ 自分の足で歩いていたよね 
あの日も風が吹いていたよね こんな夕暮れだったね 弓削神社の秋はすぐそこ 弓削神社の秋は・・もうすぐ

覚えているかい この境内いっぱいに 銀杏の葉っぱが積もっていた事
それは金の絨毯みたいさ 神様だけが歩く道 ソバには天狗を従えてさ
頼んでみようよ自分の足で 歩いてみたいとね 俺も一緒に歩くからさ
車椅子の暮らしに 浸っちゃいけないよ 人生って歩いてこそだよ
秋祭りまで待てないってさ 枯葉が踊り出したよ 弓削神社の秋はすぐそこ 弓削神社の秋は・・もうすぐ

制作背景:
私はよく立田山自然公園、代継神社、弓削神宮へ母を連れて行きます。多くは母のリハビリ目的なのですが、時には自分自身の精神力の崩れを修正する為にも向かいます。自然の中には生命を誕生させ、その命を奪う力さえもが同居しています。体力と精神力(生きるか死ぬか)のバランスをとっているのは自分自身なんです。人で言えば意識や心。私は幼くしてその事に気付かされました。数知れず繰返した大手術、事故やその他の馬鹿げた事で私の身体には無数の傷痕が残っています。これらは同時に拭えない心の傷であり、両親に対する申し訳のできない罪でもあると思っています。今の私は老いや人生をテーマに作品を作っていますが、それは同時に私自身に対する禊(みそぎ)でもあるんです。母の命を守る事は自分の命の存在を確信する事でもあります。そんな私にとって、自然界の魂と触れ合える場所が神社なのです。自然は私の問い掛けの多くに母の身体を通して答えてくれています。何故、分かるのかって・・?。それは今の私は幸せだからです。

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☆ 命 / 2007.7

2007/07/26 17:18
☆ 命 



あれは・何? 母が私の袖を掴む あれは星 そう・あんたの命
あれは・何? 母が私の腕を掴む あれは俺 あんたの命を守る星
私の母も・いるよね? あの夜空のどこかに 私の事を見ているかしら
叫んでおくれよ! 私はまだここで暮らすつもりと もう少しだけお前と居たいからと

私は頑張ってるよね お前は分かっているよね 母は私を振返る 
叫んでおくれよ あの夜空に向かってさ まだ私を迎えに来ないでと 
母に伝えてよ! お前にならそれができるはず 私はまだ息子と暮らすつもりと

あれは・何? 母が私の袖を掴む あれは星 そう・あんたの命
あれは・何? 母が私の腕を揺する あれは俺 あんたの命を守る星

私は頑張ってるよね お前は分かっているよね 母は私を振返る 
叫んでおくれよ あの夜空に向かってさ まだ私を迎えに来ないでと 
母に伝えてよ! お前ならそれができるはず 私はまだ息子と暮らすつもりと

あれは・何? 母が私の袖を掴む あれは星 そう・あんたの命
あれは・何? 母が私の腕を揺する あれは俺 あんたの命を守る星


解説:
母は「お前を見ていると私の母が目の前に居るようだ」とよく言います。私の髪の毛はウェーブで波打っています(確実に薄くはなっていますが。。)。もう、現在の母はすっかり子供時代に戻っている時間が長くなりました。私の事を「おじちゃん・・」と呼ぶ瞬間さえ多くあります。幼い頃の優しくしてくれたイサム兄さんと暮らした頃を思っているのでしょう。母に対して母である事を要求し続ける事は困難。それは老いゆく形の一つではないでしょうか。「何だか分からないが・・怖いから。いつもお前の傍にいたい。お前なら私を守ってくれる気がする・・。時に、母は自らの余命を感じる瞬間があるのではないかと思います。
私は母と暮らすようになり、【命】の大切さを実感しています。
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